
私は山神のことはよう知らん そこの田んぼの水路の横にあったやろ あれは田んぼをしとった時に出てきたのを そのまま祀ってある 在所にも山神さんあったけどな 私の在所は片田でそこを訪ねな 私の弟がおって何でも知っとるから 私の写真は取らんでええ こんなばあさん恥ずかしいやろ そこの白菜持ってきな あんた鎌の使い方知っとるか 畑で作業をしていた女性(津市分部)

私は山神のことはよう知らん そこの田んぼの水路の横にあったやろ あれは田んぼをしとった時に出てきたのを そのまま祀ってある 在所にも山神さんあったけどな 私の在所は片田でそこを訪ねな 私の弟がおって何でも知っとるから 私の写真は取らんでええ こんなばあさん恥ずかしいやろ そこの白菜持ってきな あんた鎌の使い方知っとるか 畑で作業をしていた女性(津市分部)

ここは昔は街道やったから 木戸には地蔵さん 庭には山神さんを祀っている家が多かった 木戸って言ってもわからんか 今は祀ってる家も少なくなってきたな うちも地蔵さんは寺に預かってもらった 子供らも出ていく家が多いし 山神さんの守りをするもんがおらんくなるからな このまま置いといて災いがあると困るやろ 残しておくと子供らがかわいそうやで そのうち預かってもらおと思っとる 庭先で野菜を干していた男性(亀山市阿野田町)

山神はな岡山ちゅうとこの上にな もとは山神がありましたんや それをな明治の合祀の時にな そこの氏神さんへ 東から天王、若宮八幡 こちらには火の神さん 愛宕さん、西には西宮さんちゅう お宮さんがありましてやな それを明治の時に 一部落にひとつのとこへ合祀せえちゅうことで その時に宮さんの拝殿と神殿との間へさ 山神さんを持ってきましたん そやもんで、元の所ちゅうのは岡山ちゅう在所のな 北ぺらに宮の上ちゅう地名があんの 宮の上ちゅう地名は、その下に山神さんがあって その上もやで、畑ですのやけどな そこを宮の上ちゅう地名にしとったわけ その前にな、耕地整備で私が中心となって 道をつけましたんやわ その時の名前をどうしよう言うたら そしたら、山神さんの宮さんの前にあるもんやで 宮前橋と名前つけましたん いつ頃からあるのかはわかりません -明治以前? もちろん明治以前です 各字ともに明治の時に合祀しましたんやわ -行事は? ここではな、あんまりないけどな うちの家内は、もうひとつ前の野田ですのやわ 山神ちゅうのはな 十二月のいっかやったかな 隣組単位で寄って、子供も全部、大人も集まって そこのでお餅をついてな ほいで山神さんちゅう、お祭りがありました ここでは私の記憶では 山神の行事があったというのはありませんのやわ おそらく昔はあったと思います 郷土の歴史を調べている男性(津市大里山室町)

山の神、いまはしやへん まだここ二、三年前まではしとったけど もうしやへんだ もうな時代が変わったで わしらの子供の時分と おいらもう九十やでさ -元気ですね 畑行ってきとんのやない みんな死んでおらへんがな いごけるうちにいごかなさ 若いものに迷惑かけるでさ 畑行って仕事してきたんや -八十年前は? 十二月の七日が山神で みんなが寄って、火焚いて 子供がしとった 火の番は大人がするのや ほいで十月の三十一日はかがり火 ほいで一月の七日が山神さんで それも火焚いとった 三回、今は何にもあらへんの あんのはお伊勢さんだけや -二、三年前に辞めた? 若いもんがしやへんで 我々の時には青年団ちゅうのがあったで 学校あがってから 今は青年団ちゅうのはあらへんで いまは学校あがったらすぐに会社行くで そんなことや 山の神は百姓の神さん あっかいご飯炊いて、あっこへあげてくんのや スクーターに乗った畑帰りの男性(亀山市井尻町)

山神さんは昔はうちの部落で祀ってました そのあと大東亜戦争が終えて 新町の人らがここに住むようになって 守りはそちらに任せました ここは昔は桑畑やったんです その後はいも畑 戦争が終えて大きい工場が来てから ここいらも随分と変わりました 山神さんの祭りは子供の時にはしとったけど 今はしてません -どんな祭り? 随分と昔のことを考えとっても 仕方ありません インゲン豆を収穫していた八十九歳の男性(鈴鹿市平野町)

一個うちが、草ぼうぼうになっとるけど 山神さん言うても、普通に祀ってあるだけやに -石? 家の中で祀るじゃないですか、この辺は 神さんと仏さんと、ほんで山神さん -そこの茂み? はい、このへん気をつけやなあかんの 蛇がおるで、マムシこのへん多いの 私それだけは言う 寄らん方がいいと思うけど ここから上がってって この木の端、あれがそう -家で祀っている? そう、そやけど昔はな 神主さんが毎年来てくれたんさ けど今は、ちょっとな来てくれへんで ときどき刈るだけで やっぱ神主さん来てくれるとさ きちんと一年ずつするんやけどさ -来てもらう時期は? いつやったやろ、覚えない私 昔はな、きちんと参ってくれて そやけどなお供えするのはな お酒とお塩と榊もってきて あのそこへお鏡さんをもって行くの、正月はな あくる日来たらないです 狸かなんかがおると思う -いわれは聞いてる? 聞いてません、聞いてへん私は でもな何か石みたいな このへんの上にもあるんさ 茂みに祀られている山神の守をする女性(鈴鹿市山辺町)

女性-みんなどこでもこどもあれやでな 山神さんはどこでもあるな、いなかは 桑にも御鏡さんあげっとったよ 終戦からこっちへちょっと途切れたでな そんなで空襲やらで危ないでて、途切れたでな 男性-昭和19年の山神やったかな、東南海地震やったかで 女性-あれはえらかったわな、12月の7日 男性-天名小学校が地割れしたんやもん 女性-うちらそやに、道もみな地割れしてさ。わたしら小学校の低学年やろ 何が怒ったんかわからんと、立っとれやんだ。もう道へ座ったもん そしたら運動所や道はずっと地割れ 男性-せっちゃん三年生やろ。おれ一年生や 女性-ちょうど学校から私ら帰るときやったん ほいでから今度は年明けて、1月の12日がその余震がまた来てさ その時もえらかった 男性-よう余震来たな。あの後な 女性-そやでそとで小屋作ってもうて。昔はどどべいがようけあったやろ そやさかい、夜に外出たら危ないでて。どこでも田舎やで庭が広いやん 私とこら藁でずっと囲って、トタンでしてくれてさ。 ほいでさ、布団がひとつ置いてあったもん。 そいでそこで夜は寝よった。もうしょっちゅう余震は。 -それが山神の日だった? 女性-一番最初はそやった 男性-昭和19年の12月の7日 男性-それからほんとは、余震ちゅうのな。11日の夜中の地震は私よう忘れやん こわかった 覚えとるもん、日にちも、こわかったで -山神信仰はなくなりつつある? 女性-なくなってはおらへんな あそこに石がこけとるで、なおさなあかん、なおさなあかんておもいながら そのまんまになっとる 無闇矢鱈にようよういらわんで ゲートボールをしていた女性と男性(鈴鹿市徳居町)

-山神どこ? すぐそこ、すぐそこにあります -ずっとこの場所? ちがう、耕地整理してここに変わったけどな もとはもうちょっと向こうの方やな、いまの電信柱くらいやな -昔から石が置いてある形? そう、ほて鳥居もあったんやけどな、昔は -過去の行事は? 昔のこれ、あれやわな、田んぼやあんなの守り神みたいなもんやわな ほんで子供の時分でどんど炊いたり、あんなんしてましたやけどな、今はしてない もう50年くらい経つな あれして、辞めてから 子供が集まって、中学校まで うちらの時分はまだしとったけどな、3年生くらいまではしてました 子供たちは楽しみにしとった、寄ってあれすんのはな そいう風に昔からしとったであれやわな、昔からどんど炊いて祀っとったわけやわな -人に聞いて来たが場所がわからなかった こんなんわかんにくいわな 秋なんかは神主さんもまいってもうとったんやけど 青年団の時分はちゃんと祈祷してもて、今はしてない 秋祭りやわな、10月の4日時分にしとったんやわな 昔は4日と決まっとったんやわな、昔は土日もあらへんで うちがいつでも草の管理してますで ほんとは町のあれやけどな -だれも守りはしていない? してない、町もなんにも知らん顔やな 草まるけになるもんでさ、草やあんなをみなあれしてますのやわ 山神の守りをしているご夫婦(鈴鹿市箕田町)

-いつからある? 山の神さんはわしのおやじの、その前の人 おじいさんの弟やな もろて来たんか、どうしたものか知らん -小さい頃にはあった? あったあった -地子町にふたつ? ふたつあります ひとつええのはそこ(神社)に座っとるやろ こっちはちっかいで、変えたんかなんか知らんけど 在所の人が持っとって、それを宮さんを合社せなあかんようなって もう邪魔になったというか、もろてきたというか、なにしたんやろな もともとは在所の西の宮さんの、ちょっとこっちに池があったんや ここのちょっと東にあったんや いまは耕地整理して残土で埋めてしもてな -いわれは? いわれて、別に何にも あそこの東に用水になっとるやろ、蓋してあるやろ 山の神さんのこっちの あそこは昔は、おがんでもらうと清水になっとったらいうな 山やったもんやで 染み出しの水が湧きよったんやろな、あの前から 最近やけど2、3年前やけど、もっとなるか 4、5年前に蓋したんやけどな 防火用水の上にふたつ蓋してな (工事業者が)仕事しとってもどうも上手いこといかんのて なんやらできやんのて それで困っとって きちっとした膳に酒の瓶とカップに酒おいてな 箕田の方(鈴鹿市箕田町)におがみやさんがあんのかな そういう宗教しとる人がおんのかな その人に見てもろたら そこを、山神さんをお参りして、それで仕事するやわな そいでできるに それで上手いこと出来るようになってな それであげていったんやろな、置いてあったわ -いまも徳利やお膳が脇にあった もって来るわけにもいかへんし、横に置いてあるし まだいまでもあるやろな なんか知らん、仕事がうまいこといかんだで あそこを参ったらしいのやな、お酒あげて うちは全然知らんのさ。むこうの人が勝手にお参りしてな そいでうまいことできたらしい、それで礼に参ったらしい 自宅に山神を祀っている89歳男性(鈴鹿市地子町)

50年くらい前までは祭りの日にわらを集めとった 子供が各家庭をまわって3束ほど集めてな その時はどこの家も田んぼをしとったから わらもようけあったんやわ どんどで使う木は宮さんのものをもらってな 学校が終わるとすぐに、宮さんに行って取りに行くんや よその集落と柴の取り合いになってな どこが一番高く積めるかを競争して 電柱くらいの高さまで積み上げとった どんどの火で餅や芋を焼いとったな -山神は何の神と聞かされていた? 親からは山神は火から守ってくれる神様と聞かされとったな 山神の神事に参加していた男性(鈴鹿市稲生町)