もうそこで盛大にしとったんやに
これの何倍て、どんど、どんどて言うてね、子供がな
氏子がみな赤飯持ってきてね
ぜんぶに食べてもうてね
-それは12月7日に?
そうそう、だいたいね
ここらだいたい7日が多いね
ここは昔はね、公園出来る前は溜池やったで
ほでそこにちょっと真ん中に島があって雑草が生えとったもんやで
同時に焼いて、民家も立った時分ですわね
1月の6日、こどもが守したんさ朝まで
ほいで7日に自治会の氏子さんがほんとの山の神さんの行事
ちょっと火を焚いて、赤飯を焚いて、参拝者に食べてもうとったですわ
もうこの近くではあんまりないと思うよ、こういう山神
-山神とは?
一応これは田の神さん
ほんとのご神体は、ド忘れしたわ
決まっとんのご神体は、山神さんのご神体はな
行事としては初歩的な、田終わって、山に帰ってもらうちゅうことやな。
ほんで今度春また、御鍬祭で
御鍬祭の時は神さんを呼ぶために神事があってな
ちょうど、今から200年前か
このまだ200メートルくらい西のとこがお宮さんやったん、旧お宮ね
ほいで、明治41年の太政官命令ちゅうて国の命令で
経費がようけいんで、節約せえちゅうて統廃合したん
いったん、ここらの飯野村では安塚のお宮さんへ合祀させてもらって
ご神体をね
ここへ変わってきたのは100年祭の時や
山神神事に参加していた男性(鈴鹿市地子町)