ずっと昔からね
私らの小さい子供の時分は、この海の砂浜がようけありましたもんで
そこで大きな松明を作って、火も焚いて、小屋も作ってな、藁を
そこで真ん中で大きな火を焚いて、焼き芋焼いたり
そういう行事がありましたんやわ
私らの子供の時分は
-砂浜で?
砂浜なくなったもんで、そこに市場もできたし工事したりで
そこで大きな松明を二つくらいして、十二月に
-ずっとこの堤防沿い?
いつからかな、覚えないな
もう五十年くらい前からここにあったと思うけどな
もっと前にどこにあったかは覚えない
鳥居もさ、建て替えてさ
私とこも寄付させてもろてさ
お父さんの厄の時くらいに、させてもうてさ
私とこは主人が大工しとったもんで
上の方がぼろぼろになってくると
「お父さん、もうだれもしてくれんで」って
昔は町にも大工さんようけおりましたんやわ
亡くなったりして、もうおいならへんけどさ
「お父さん、寄付したる人おいならんのやな
またせなあかんな、もう一回くらいしよかな」て
材料用意してましたんやわ
そしたら、南のほうにみえる方が
「私、厄やでさしてもらえやんかな、
あんたとこしてくれる言うとったけど
わたしとこにさしてくれやん?」と
どうぞどうぞとなって
息子が大工しとるもんで
材料も揃えて用意してましたんやわ
その人が寄付してもうて名前も横に入ってます
もう名前も消えてっとるやろやど
もう六年か、あそこに書いてあるやろけど
-窯を使うというのは?
跡がありますやろ、そこで窯をな
昔おくどが作ってありましたんやわ、壊れてたもんで
いまはホームセンターで売っとるのかな、窯を
ドラム缶の小さいようなやつを、湯を沸かしてますのやけど
そいで笹、笹を切ってきて、大きいのを四隅立てて
ちゃんとしめ縄みたいのしてね
大きな笹を束にして、湯につけてさ
それを湯の華いうて被してもらいますのやわ
ほて帰りは一本ずつ、参りにきた人はいただいて
玄関に飾っておきますのやわ
-子供の祭り?
昔は子供の祭りいうてな
町内の番の人が、おにぎり作ってな
味ご飯のおにぎりを作ってもらって
一軒前に五、六個ずつもらいに来ますのやわ
昔はかしわとかじゃなくて、煮干しな
煮干しを入れておいしかったけどな
山神というと煮干しの入った味ご飯をいただいたことあるけどな
私が二十歳くらいの時にはしとった
そこに工場が建ってなかったもんで
むしろで二十畳くらいある小屋を作ってな
その中で大きな火を焚くんやわな
そこで焼き芋焼きにいったりな
私が結婚した時くらいまではあった覚えがあんのやけど
工事とかなんかしてなくなったもんで、する場所もないし
これ(山神碑)はなかったと思う、子供の時分は
場所ないで、ちょうどここが地所もらったんかな町で
堤防は県の土地やもんで、そこにもらったんかな
そこのとこは記憶ないけど
海沿いの山神碑の横に暮らす女性(鈴鹿市若松東)